白衣 販売の戦略・大成功

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私はK・Eに、オンライン通販コンサルタントとして、数あるeショップの中でどこに注目しているかを尋ねてみた。
すると、自分が指導してすでに四年になるという、高知県の「e商人養成塾」をいの一番に挙げ、その初代塾生で、リーダー的存在のY・Y竹材店専務のY・Yと連絡を取ってくれた。
ってます」とK・Eが迷いなく推薦するのだから、「e商人養成塾」の面もまた「熱い通販魂」の持ち主なのだろう。
私はY・Yに幹事役を依頼し、高知を巡る段取りをつけた。
Y・Yの店は、高知市内から車で一時間弱の須崎市安和にあった。
「竹虎」という商号のほうが有名なY・Yの製品の多くは、虎斑竹という、この地域でしかとれない竹で作られている。
ドライブインを兼ねた本店は広大で、細とした土産物から、ガラスケースに飾られた一流の職人の手による美術品まで、ありとあらゆる竹製品が並んでいた。
店の裏手の作業場には山から切り出された竹が積まれ、熟練した職人が曲がった竹をバーナーで油抜きして真っ直ぐに矯めている。
横からY・Yが虎斑と他の竹の違いを教えてくる。
虎斑竹は淡竹の仲間で、文字通り、虎の縞のような模様が珍重されるが、それは幹に付着した寄生菌の作用によるらしい。
岡山にも同じ名の竹があるが、元の竹が違う。
これまで各地に移植を試みたものの、不思議に模様ができなかったという。
ほかに、一般に笥を食す孟宗竹、青竹ともいう、日本固有の真竹など実際に竹細工を見た後だと、どれがどう利用されていたのかよくわかる。
繊維の粗い孟宗竹は細かな細工には向かないが、淡竹の類はスーツと刃を受け入れて、細く割かれる。
その籤で龍を編んだりもできるのだ。
と、作務衣姿も板に付いたY・Yは誇らしげだ。
一八九四年の創業以来百有余年、竹虎ではこの自然の意匠を余すところなく生かし、多彩な造形に活用している。
店とは道を挟んだ別棟に工房もあり、そこではY・Yの弟、常務のY・Rが作業をしていた。
Y・Rは大学を出て、四代目となる兄のような営業センスは真似できないと、ティファニー社に煤竹製のパーティーバッグを提供したという別府の名工・W・Tに弟子入りした。
渡辺作の、竹虎では最も高額なバッグを見せてもらったが、細やかな網代編み目の感触は竹というより上質な革製品のしなやかさ。
これなら二二万円の値段も納得がいく。
煤竹というのは、よいものだと一本一〇〇万円もするのだとか。
精力的な兄とは違い、控え目なY・Rは職人として雄弁だ。
話しながらも作業の手を緩めず、一節の竹から均質の籤を見る間に取っていく。
スケールで測ると、どれもぴったり同じ寸法だ。
一番広い場所でも直線距離にして一二一キロ程度の谷間、そこでしか生育しない虎斑竹は、防虫のため一〇月から一月ごろにかけて伐採する。
その時期は農閑期でもある。
仕分け作業は三月~四月ごろまでかかり、私か訪れた二月半ばはまさに最盛期。
安和の里は一面竹で敷き詰められた感がある。
山は傾斜がきつく、登るのに一苦労。
しかし、竹の青とした香気は実に爽快だ。
商品になる竹は三~四年経ったもので、適宜間引きを繰り返して、模様がよく出るよう強く育てる。
竹虎では、流行りの竹炭や、それを焼く時に出る竹酢液(アトピーに効くという)も早くから取り扱っている。
それらもよく売れるというが、特に評判なのが「健康竹皮ぞうり」。
藁製にはない、柔らかななじみやすさで、履いてみると実に気持ちいい。
まとめ買いする人も多いという。
ともかく、Y・Y兄のサイトへの情熱は超人的で、こればかりは実際にご覧くださいとしかいえない。
ブルースーリーや007の扮装をしたりと本人が前面に出て、竹製品のよさをユーモアたっぷりにこれでもか!と訴えている。
だから、専門家からも「やる気」が伝わるデザインとのお墨付きがもらえるのだ。
ところで、マーケティングの世界では二〇〇二年、最高権威であるノースウェスタン大学教授フィリップーコトラーと、彼に批判的なウルスター大学教授のスティーブンーブラウンとの間で大論争があった。
マーケティングを「交換のプロセスを通じて顧客のニーズと欲求を満たすことに向けられた人間の行為」と定義づける、顧客中心主義の生みの親コトラーと、の回帰を提唱するブラウンとではまったく水と油だ。
しかし、サービス精神の権化である反面、「売りたい」という気持ちを前面に押し出したY・Yのサイトを見ると、ビジネスというのは上手い具合に、そもそもコトラー論とブラウン論の呉越同舟、諸刃の剣なのだと得心させられる。
このY・Yが音頭を取る「e商人養成塾」の面は、いずれが坂本龍馬か中岡慎太郎かという印象。
私はY・Yに連れられ、須崎と高知の間の土佐市にある、土佐文旦の通販で成功しているS・K果樹園に向かった。
三代目園主のS・Kは、Y・Yに続く二〇〇一年度同塾塾生だ。
S・K家は戦前までは普通に田畑で野菜や米を作っていたが、戦後になってから、庭に一〇本程度植え付けられていた文旦を手始めに、約二〇〇〇本の果樹(他に小夏、八朔、金柑、温州みかんの柑橘類や梨、梅、枇杷、無花果、柿など)を栽培する農園に成長した。
特に売れ筋の文旦は、県の品評会で二度も農H水産大臣賞を得ている。
そもそも文旦は、戦前に九州のザボンを品種改良してできた種で、一九五〇年代から農家の自家用として生産されはじめた。
今では全国で二〇種ほど、約一万三〇〇〇トンが栽培されているが、うち土佐文且が一万トンと九〇%を占める。
「酸味があまりのうて自然な甘みで、見栄えがするもんやき、贈答用に喜ばれます」
S・K果樹園では年間を通じ、様な文旦を作るが、露地栽培の土佐文且の季節はやはり冬。
私か訪れた時期(二月下旬)は、最後の収穫を終えた出荷の最盛期だったが、実に甘みが出るまで保管しておく室は見ることができた。
ずっしりと重いハンドボール大の鮮やかな黄色の実に鼻を近づけると、すっきりした柑橘香は嫌味がない。
通販は二〇年前にゆうパックから始めた。
旧友から「S・Kんちの文旦が懐かしいから送ってくれ」と頼まれたのがきっかけとかで、毎年、注文が増え今でも全国約二万四〇〇〇か所の郵便局に申し込み用紙を配布、また、全国約六〇〇〇名にDMで案内を出しているという。
そして、九六年からサイトをオープン、二〇〇〇年からは本格的なネット販売も手がけている。
今では全体の販売額の二~三割がネット販売だという。
二〇〇〇年のスタート時は月に五万円ほどしか売れなかったが、二年で月平均五上げは三八〇万円とか。
よいものを口にしたり、使ったりしたら、思わず人に知らせたくなるのが人情。
その際にくどくどは説明せず、「ホームページがあるよ」とは、誰もが交わしているやり取りだ。
そこに乗っかり、S・K果樹園は伸びた。
よい商品はきちっとゲートインさえすれば、押し出されるように走っていくのだ。
超ミニスカートでフアーストーヒツトー「エルセ」出荷作業に追われるS・Kと別れ、Y・Yと私は他の塾生たちが顔を揃える、土佐名物・鰹のたたきの名店で行われる例会の席へと向かった。
メンバーは、高知市の目抜き通り、帯屋町筋のアーケードで、三店の洋品店を経営するエルセ社長の徳弘効三を含む総勢九名。
私はメンバーの一人一人に商売の実態を聞いて、翌日、店の様子を直に見せてもらうことにした。
高知に入る前に取材した高松の人に「高知に行ったら気いつけなよ」と言われた意味がここに来てようやくわかった。

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